本日の一冊
本について語りつつ、冷蔵庫の中身も気になる男。
どうも、あんり収穫祭です。
私のおすすめ本をご紹介していくこのコーナーですが、
第一弾から、いきなりの変化球。つげ義春の『新版 貧困旅行記』です。
今回は、「疲れた夜にそっと効く一冊」としてこの本を紹介していきます。
書誌情報
- 著者:つげ義春
- 出版社:新潮社
- 発売日:1995/3/29(新版)
- 文庫:281ページ
逃避願望の夜に
会社帰りの電車の中。
スマホの画面を見ても頭に入らない。上司の言葉は脳にこびりついて離れない。
「もう全部、何もかも捨てて蒸発したい」なんて考えるのは、別に私だけじゃないはず。
そんな夜に、間違えても「自己啓発書」を開いてはいけない。
「明日も頑張ろう!」なんて言葉は、もはや呪いでしかないから。
そこで登場するのが、つげ義春の『貧困旅行記』。
タイトルからしてもうやる気がない。勇ましさゼロ、前向きさゼロ。
でも、これがたまらなく効く。
疲れきった夜に飲むぬるい缶ビールみたいに、じんわり沁みてくる。
本の概要:「貧困旅行記」とは?
『貧困旅行記』は、漫画家・つげ義春が綴った完全なる旅エッセイです。
「ねじ式」「紅い花」などの前衛的漫画で世界的に評価を受けたつげ義春。
その彼が、漫画ではなく、飄々とした文章で旅の記録を残しています。
彼の旅は華やかさとは無縁です。
昏い山奥、寂しい海辺の町、鄙びた温泉宿──どこか人生の行き止まりを思わせる風景ばかり。
観光というより、むしろ「隠棲にふさわしい土地」を探すための下見のような旅なのでした。
あるときは「蒸発」を試み、
あるときは出会った女性と結婚しようかと考え、
またあるときは、ただ川辺でぼんやりと時間をつぶす。
ガイドブック的な有益情報は一切ない感じ(しかも昭和40〜50年代の情報だし)。
けれどその代わりに、人生の「なんだかもういいや」という瞬間を、ユーモラスかつリアルに切り取ってくれます。
人を選ぶ本だけど、惹かれる人は「こんな旅してみたい」と本気で荷物をまとめてしまうに違いありません。
また、本文に添えられた当時の旅の写真も味わい深く、その時代の空気をじんわりと伝えてくれます。
読むとどうなる?:厭世的でしんみりした旅に出たくなる
普通の旅行記を読むと「観光地を巡りたい!」「ご当地グルメを食べたい!」とワクワクするものです。
しかし『貧困旅行記』はまったく逆。
読むうちに、むしろ「どこまでも逃げていきたい」という気持ちが湧き上がってきます。
列車に揺られ、知らない町で安宿を探し、夜の川沿いをしんみり歩く──
そんな観光地とは無縁の、厭世的でひとりぼっちな旅がしたくなります、きっと。
レジャーの高揚感ではなく、
「もうここじゃないどこかに身を置きたい」という切実な衝動。
そのしんみりとした感覚が、疲れた心に妙なリアリティを与えてくれるでしょう。
つまり『貧困旅行記』は、現実を忘れさせてくれる本ではありません。
現実を抱えたまま、別の場所へ逃げ出す空気を味わわせてくれる一冊です。
こんな人におすすめ
- 会社で「やる気」を強要されてげんなりしている人
- 自己啓発本を読んでも元気が出なかった人
- 「旅に出たい」より「蒸発したい」に近い気分の人
- それでも笑いたい、でも爆笑ではなく脱力系の笑いが欲しい人
さらに読むなら…
『貧困旅行記』でつげ義春ワールドに惹かれたら、こちらもおすすめです。
- 『つげ義春とぼく 新版 (新潮文庫)』
→ 漫画家つげ義春の回想記、夢日記、旅エッセイ、イラスト集を収めた一冊。その人柄や独特の世界観が垣間見える。 - 『つげ義春コレクション 紅い花/やなぎ屋主人 (ちくま文庫)』
→ “旅もの”を一挙に収録。漫画版の「旅するつげ義春」が堪能できる。エッセイと見比べると味わいが倍増する。
まとめ
『貧困旅行記』は、キラキラした旅行本ではありません。
むしろ、人生のどん詰まりに座り込み、「もう少しこのままでもいいか」と思わせてくれる、そんな本。
華やかなガイドブックに飽きたら、ぜひ手に取ってみていただきたいです。
疲れた夜に、ぬるいビールを片手に読むのに、これ以上ふさわしい一冊はないでしょう。
以上です。最後までお読みいただきありがとうございました!
