本日の一冊
本について語りつつ、冷蔵庫の中身も気になる男──あんり収穫祭です。
最近は読書よりも、賞味期限の切れた牛乳の観察に時間を費やしています。
飲み会で「カキフライが無いなら来なかった」と言える人がいたら、私は尊敬します。
その潔さ、その即物的な誠実さ。そんなタイトルを冠したのが、せきしろさん&又吉直樹さんによる自由律俳句集『カキフライが無いなら来なかった』です。
五七五の定型に縛られない“自由律俳句”の世界では、日常が急にシュールに、そして不思議と詩的に立ち上がってきます。
書誌情報
- 著者:せきしろ/又吉直樹
- 出版社:幻冬舎
- 発売日:2009/6/25(文庫:2013/10/10)
- 単行本:287ページ(文庫:360ページ)
この本の特徴
五七五の形式を破り、自由な韻律で詠む自由律俳句を、妄想文学の鬼才・せきしろさんと、お笑いコンビ「ピース」の奇才・又吉直樹さんが次々に放出します。
一冊は五百句超の俳句と散文、そしてお二人が撮影した写真で構成されています。読み進めるほどに、笑いと哀愁がじわじわと交互に押し寄せてきます。
なお、文庫版には書き下ろしが追加されていますので、これから手に取る方には文庫版をおすすめします。
あんり収穫祭が選ぶ、自由律俳句20選
せきしろ
- 手羽先をそこまでしか食べないのか
- お湯が六分の一くらいの湯船でじっと待つ
- 電気店のビデオカメラに写る思った以上に老けている
- 理由は分らぬが家に入れてもらえない犬
- 醤油差しを倒すまでは幸せだった
- あの猫は撥ねられるかもしれない
- なんか疲れると思ったら坂か
- 結婚式の写真を見なければいけない流れ
- 夜の雲のスピードが尋常ではない
- その言葉は数年後不意に僕を襲うだろう
- 自己紹介の順番が近づいてくる
- いると思って話ししていた
- やはり原宿で降りたか
- 部屋に蜂が入ってきたもうだめだ
又吉直樹
- 坊さんが大量にアイスを買っていた
- 単三電池を握りしめ単三電池を買いに行った日
- ブランコの止め方を教わって無かった
- 小便の勢いが強過ぎて恥ずかしい
- 消灯の画廊の外から眼を凝らす
- 御神木よりでかいのがある
読んでみて思ったこと
並べてみると、私の好みはどうやらせきしろさん寄りです。
日常の“どうでもよさ”が笑いと寂しさをまとってふいに立ち上がる瞬間が、何度も訪れます。
一方で、又吉直樹さんの散文も非常に魅力的です。
太宰治との恐るべき共通点によって自意識過剰になってゆく「ファーストキスが太宰の命日」、
小学校時代の思い出をセンチメンタル過剰に語る「オハヨウが言えなかったサヨナラを言おう」など、
センチメンタル過剰な自意識が炸裂し、ページをめくる手が止まりません。
さらに読むなら……
- 『まさかジープで来るとは』
→ 第二弾。ありえない日常のワンシーンを鋭く切り取り、自由律の“間”と“ズレ”がさらに磨かれています。 - 『蕎麦湯が来ない』
→ 第三弾。待つこと、タイミングの悪さ、報われない期待——そんな“日常のズレ”を軽やかに笑いへと転じる一冊です。タイトルの不在感が逆説的に世界を照らします。
まとめ
『カキフライが無いなら来なかった』は、自由律俳句×散文×写真の相乗効果で、日常の粒立ち方が変わって見える本です。
自己啓発に疲れた夜も、純文学の重さに沈みそうな夜も、この一冊をめくると世界がほんの少し軽く、そしておかしく見えてきます。
「カキフライが無くても、来てよかった。」きっとそう思わせてくれる一冊です。
